• NOVELS書き下ろし小説

  • リッパーvs石化の魔女

    [9]『結末』

     
     余りにも後味が悪い結末に、こみ上げてくる吐き気を堪えながら、有希ゆきは中継基地の貸しスタジオに戻った。
     そこには鰐塚わにづかと、
     追っ手の目を掻い潜った妙子たえこと、
     何故か、
     腹に包帯を巻いて横たわる若宮わかみやと、
     これまた何故か、
     美少女姿の文弥ふみやが待っていた。
    有希ゆき、ご苦労様。無事ミッションは完遂できたみたいですね」
     その姿に相応しい声と口調で労う文弥ふみやを、有希ゆきは所謂「ジト目」で見据えた。
    「ヤミ。お前、忙しかったんじゃなかったのか?」
     有希ゆきの問い掛けに、文弥ふみや――ヤミは、花のような笑顔を返した。
    「厄介な仕事が昨日ようやく片付いたので、様子を見に来ました」
    「態々ご苦労なこった」
     有希ゆきが悪態をついても、ヤミの笑顔は小揺るぎもしない。――いつものことだ。
     嫌味が不発に終わった有希ゆきは、もう一つ気になっていることに意識を向けた。
    「また撃たれたのか?」
     長椅子をベッドにして横たわっている若宮わかみやに目を向けながら、有希ゆきが訊ねる。
     真新しい包帯を巻いたその姿からは「腹部に怪我をしたばかり」ということしか分からない。銃で撃たれたというのは有希ゆきの直感でしかなかったが、
    「ええ」
     という肯定の返事で、彼女の推測が正しかったと証明された。
     質問に答えた文弥ふみやに、有希ゆきが視線を戻す。
    「あたしが来ても寝たままなところを見ると、結構な重傷みたいだな。ヤミが助け出したのか?」
    「実際に運んだのは部下ですけど」
    「ああ、あの黒服たちか。じゃあ、結構な数で忍び込んだんだろ? 過保護なあいつらがヤミの護衛を疎かにするはずはないからな」
    「過保護……まあ、そうですね」
     文弥ふみやが苦笑しながら頷く。
     そんな笑い方をしていても、「ヤミ」は申し分なく美少女だった。
     だからといって、有希ゆきは「彼女」に見取れたりしないのだが。
    「……だったら、お前の配下で片付けた方が早かったんじゃないか?」
     多中たなかの暗殺も黒羽くろばだけでできただろう? という有希ゆきの指摘に、文弥ふみやは笑顔の種類を変えて首を横に振った。
    「昨日までは本当に忙しかったんですよ。余裕ができたからといって、発注済みの仕事を取り上げたりしません」
    「確かに、そんな真似をされたらこっちはたまらないけどな」
     有希ゆきが顔を顰めながら、渋々といった態度で納得して見せる。
     有希ゆきの質問が一段落したところで、文弥ふみやが笑みを消し真顔になる。
    「ところで有希ゆき。顔色が優れないようですが」
     文弥ふみやだけでなく鰐塚わにづか妙子たえこも心配そうな目を有希ゆきに向けていた。
    「……何でもねえよ」
    「何かあったんですか」
    「何でもないって言ってんだろ!」
     有希ゆきが出した大声に驚いているのは妙子たえこだけだった。
    「……怒鳴ったりして悪かったな」
     決まり悪さで埋め尽くされた表情で、有希ゆきが謝罪する。
    「いえ、気にしません」
     文弥ふみやは何でもなかったような顔で有希ゆきの謝罪を受け入れ、身体ごと鰐塚わにづかに目を向けた。
    鰐塚わにづかさん。しばらく若宮わかみやさんを預かってもらえませんか」
     鰐塚わにづかが戸惑いを見せたのは、ほんの一秒前後だった。
    「――場所は知り合いの病院でよろしいでしょうか」
    「ええ、お任せします」
    「かしこまりました、ヤミ様」
     恭しく一礼する鰐塚わにづかに「ヤミ」は可憐な笑顔で頷き、貸しスタジオを後にした。

    ◇ ◇ ◇

    「ヤミ」の姿が完全に見えなくなって、ずっと沈黙を守っていた若宮わかみやが口を開いた。
    「今の小娘はもしかして、『アンタッチャブル』の一族か?」
    「小娘……」
     有希ゆきの反応は、笑いを堪えているような、表情の選択に窮しているような、奇妙なものだった。
    「……済まない。失礼だったか?」
     若宮わかみやはその反応を、主人を軽んじられて気分を害していると誤解した。
    「いや、そういうわけじゃない」
     有希ゆきはそう答えるだけで、それ以上誤解を解く為の説明はしなかった。
    「あいつは『黒羽くろば』だよ。あたしたちの実質的な雇い主だ」
     若宮わかみやの反応は劇的なものだった。
    「クロバ!? あの『黒羽くろば』か!?」
    「知っていたか」
    「……ああ。実際に姿を見たのは初めてだ」
    「そりゃそうだろうな。『姿を見た者は死ぬ』なんて噂されている連中だ。まあそれも、あながち大袈裟じゃないんだか」
    「そうなのか……」
    「ああ。お前も腹を括れよ。死ぬというのは誇張だとしても、あいつらからは逃げられん。そのことは、あたしら亜貿社あぼうしゃが嫌というほど思い知ってる」
    「…………」
     絶句する若宮わかみやを見て、有希ゆきは些細な悪戯心を起こした。
    「ようこそ、リッパー。死ぬことだけが安息の、逃れられないブラックな職場へ。歓迎するぜ。一緒に地獄へ落ちようじゃないか」
     有希ゆきの不器用なウインクに、若宮わかみやは器用にも、横になったままガックリと肩を落とした。

    〔完〕